183日ルールとは?短期滞在者免税で二重課税を回避する方法

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183日ルールで二重課税を回避する国際税務の基礎知識

グローバル化が進む現代において、海外出張や短期派遣が日常的となった企業も多いでしょう。その際に必ず押さえておきたいのが「短期滞在者免税制度」です。この制度を正しく理解し活用することで、外国人従業員の日本滞在時における二重課税を防ぎ、税務負担を軽減できます。

短期滞在者免税制度は、租税条約に基づく国際税務上の重要な仕組みであり、特に「183日ルール」として知られています。

短期滞在者免税制度の基本概念と目的

短期滞在者免税制度とは、外国人が日本で給与所得を得る場合に、一定の要件を満たすことで日本の所得税課税が免除され、居住国でのみ課税される仕組みです。この制度は各国が締結している租税条約に規定されており、国際的な二重課税を防止することを主な目的としています。

例えば、アメリカ企業の従業員が日本に短期出張した場合、通常であれば日本とアメリカの両方で所得税が課される可能性があります。しかし、短期滞在者免税制度が適用されれば、日本での課税が免除され、アメリカでのみ課税されることになります。これにより、国際的な人材交流が税務面でスムーズに行えるようになっているのです。

この制度は「183日ルール」とも呼ばれ、OECD(経済協力開発機構)のモデル租税条約第15条第2項に基づいて、世界各国で類似の制度が運用されています。日本では日米租税条約、日韓租税条約をはじめとする各国との租税条約において、この制度が規定されています。

OECD(経済協力開発機構)のモデル租税条約第15条第2項

OECDモデル租税条約(OECD Model Tax Convention)の第15条(給与所得:Income from Employment)第2項についてご紹介します。

第15条(給与所得)第2項の条文(OECDモデル租税条約 2017年版 英文)

  1. Notwithstanding the provisions of paragraph 1, remuneration derived by a resident of a Contracting State in respect of an employment exercised in the other Contracting State shall be taxable only in the first-mentioned State if:

(a) the recipient is present in the other State for a period or periods not exceeding in the aggregate 183 days in any twelve month period commencing or ending in the fiscal year concerned, and

(b) the remuneration is paid by, or on behalf of, an employer who is not a resident of the other State, and

(c) the remuneration is not borne by a permanent establishment which the employer has in the other State.

OECDのモデル租税条約第15条第2項日本語訳及び解説(参考)

第15条(給与所得)第2項
1項の規定にかかわらず、ある締約国の居住者が他の締約国で行う雇用に基づく給与については、次のすべての条件を満たす場合には、最初に述べた居住国のみで課税される。

(a) 受給者が、当該課税年度に開始または終了する12か月の期間において、他の国に滞在する期間の合計が183日を超えないこと。
(b) 給与が、他の国の居住者でない雇用者によって、またはその者のために支払われること。
(c) 給与が、雇用者が他の国に有する恒久的施設によって負担されないこと。

趣旨(解説)

原則(1項)
給与は、労務が行われた国(勤務国)で課税される。

例外(2項:183日ルール)
短期滞在者が、

183日を超えない滞在、
給与を支払う雇用者が勤務国の居住者でない、
給与が勤務国の恒久的施設に帰属しない、
の条件を満たす場合、勤務国では課税されず、居住国のみで課税される。

これがいわゆる 「短期滞在者免税(Short-term exemption)」 の根拠となる規定です。

短期滞在者免税の3つの基本要件

短期滞在者免税制度が適用されるためには、以下の3つの要件をすべて満たす必要があります。これらの要件は、OECDモデル租税条約に準拠した国際的な標準となっています。

要件詳細内容判定ポイント
滞在期間要件課税年度または連続する12か月で183日以下入国日・出国日を含む実滞在日数
報酬支払者要件日本の居住者によって報酬が支払われていないこと海外企業からの給与支払いが必須
PE負担禁止要件雇用主の日本PE(恒久的施設)が報酬を負担していないこと日本支店等による給与負担がないこと

最も重要な「滞在期間要件」では、183日という数字が国際的な基準となっています。この183日は1年の約半分に相当し、短期滞在と長期滞在を区別する明確な基準として機能しています。滞在日数には土日祝日も含まれ、複数回の出入国がある場合は合計日数で判定されます。

「報酬支払者要件」では、給与の実質的な負担者が重要なポイントとなります。日本の子会社が給与の一部でも負担している場合、たとえ海外本社名義であっても免税は適用されません。また「PE負担禁止要件」では、恒久的施設(支店、営業所、工場など)による給与負担がないことが求められます。

183日ルールの正しい計算方法

183日ルールの計算方法は、締結している租税条約によって微妙に異なる場合があります。正確な理解が制度適用の成否を左右するため、詳細な計算ルールを把握しておくことが重要です。

日米租税条約では「課税年度または開始もしくは終了する任意の12か月の期間」で滞在日数をカウントします。これにより、年をまたいで滞在する場合でも、連続する12か月の期間内で183日を超えなければ免税が適用される可能性があります。一方、日韓租税条約の実務解説では「暦年ベース(その年)」でカウントする可能性が示唆されており、この違いは制度適用の判断において非常に重要なポイントとなります。

滞在日数の計算では、入国日と出国日の両方が含まれるのが一般的です。また、病気などによる予期しない滞在延長も日数に含まれるため、余裕を持った滞在計画を立てることが重要です。ただし、航空機の乗継ぎ(トランジット)での一時的な日本滞在は、通常は滞在日数に含まれません。

PE(恒久的施設)の概念と判定基準

恒久的施設(Permanent Establishment: PE)は、国際税務において極めて重要な概念です。PEとは、外国企業が国内に持つ事業活動の恒久的な拠点を指し、具体的には支店、営業所、工場、倉庫、建設工事現場などが該当します。

短期滞在者免税制度では、PEが報酬を負担していないことが要件となっています。これは、給与の支払いや事業活動が日本国内のPEを通じて行われている場合、それは実質的に日本の事業活動と見なされ、日本での課税が妥当と判断されるためです。

実務上よくある事例として、米国本社の従業員が日本支店で勤務し、給与を日本支店が負担するケースがあります。この場合、たとえ滞在日数が183日以下であっても、PE(日本支店)による給与負担があるため、短期滞在者免税は適用されません。一方、同じ従業員が日本で勤務していても、給与を米国本社が全額負担している場合は、免税の可能性があります。

実務手続きと租税条約適用届出書

短期滞在者免税の要件を満たしていても、実務上は適切な手続きを行わなければ免税が受けられません。最も重要なのが「租税条約適用届出書」の提出です。

この届出書は、短期滞在者の勤務開始前または開始後速やかに所轄の税務署に提出する必要があります。届出書を提出しないと、原則として源泉徴収が行われてしまい、後から還付手続きが必要となるため、必ず事前の手続きを心がけましょう。

届出書と併せて提出が必要な書類には、居住証明書(居住国の税務当局発行)、雇用契約書の写し、滞在予定表などがあります。これらの書類は、短期滞在者免税の要件を満たしていることを客観的に証明するために必要となります。

手続きの際は、滞在者の基本情報、雇用主の情報、滞在期間と業務内容、報酬の支払方法と負担者、適用を受ける租税条約の条文などを正確に記載することが重要です。虚偽の記載や要件を満たさない状況での届出は、税務上の問題を引き起こす可能性があるため注意が必要です。

具体的な適用事例と判定ポイント

短期滞在者免税制度の理解を深めるために、実際のビジネスシーンでの適用事例を見てみましょう。これらの事例から、制度適用の具体的な判定ポイントを理解できます。

適用される事例:米国本社のエンジニアが日本子会社に技術指導のため3か月(90日)滞在し、給与は米国本社から米ドルで支給される場合。この事例では、滞在期間が183日以下、給与の支払者が海外企業、PE負担がないという3つの要件をすべて満たしているため、短期滞在者免税が適用されます。

適用されない事例:英国本社の従業員が日本子会社に転籍のため1年(365日)滞在する場合。たとえ給与が英国本社から支払われていても、滞在期間が183日を超過しているため、免税は適用されません。また、カナダ本社の従業員が日本支店で3か月勤務し、給与の50%を日本支店が負担する場合も、日本側の負担があるため免税は適用されません。

これらの事例からわかるように、3つの要件すべてを満たす必要があり、一つでも要件を満たさない場合は免税が適用されません。特に実務では、給与の負担関係と滞在日数の正確な管理が成功の鍵となります。

日米・日韓租税条約の違いと注意点

短期滞在者免税制度は各国との租税条約に基づいているため、国によって微妙な違いがあります。特に日米租税条約と日韓租税条約では、滞在日数の計算方法に違いが見られます。

日米租税条約第14条第2項では、滞在日数を「課税年度または開始もしくは終了する任意の12か月の期間」で計算します。これにより、年をまたぐ滞在でも柔軟な対応が可能です。一方、日韓租税条約の実務解説では「暦年ベース(その年)」でのカウントが示唆されており、1月1日から12月31日までの期間で日数を数える可能性があります。

この違いは、滞在時期によって免税の可否が分かれる重要なポイントです。例えば、10月から翌年3月まで滞在する場合、日米条約では6か月間の連続期間として計算できますが、日韓条約では年をまたぐため異なる判定となる可能性があります。

実務では、適用する租税条約の具体的な条文を必ず確認し、必要に応じて税務署や専門家に相談することが重要です。また、租税条約の解釈や適用方法は時代とともに変化する場合があるため、最新の情報を常に把握しておくことが大切です。

まとめ

短期滞在者免税制度は、国際的な人材交流を税務面でサポートする重要な仕組みです。183日以下の滞在、海外からの給与支払い、日本のPEによる負担がないという3つの基本要件を満たし、適切な届出手続きを行うことで、二重課税を防ぎ税務負担を軽減できます。

グローバル化が進む現代において、この制度の正しい理解と活用は企業の国際競争力向上に直結します。ただし、租税条約は国によって異なる部分があります。該当する租税条約を注意深く、確認する必要性があります。

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この記事を書いた人

税理士 加来耕司です。

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